横浜国立大学理工学部建築都市環境系学科卒
一級鉄筋技能士
てつまぐでは、構造部材としての鉄筋やコンクリートの施工方法などを紹介していますが、意匠(デザイン性)も建物の重要な要素です。
今回ご紹介するのは、誰もが知っている世界的に有名な建築家とその代表作です。
紹介したい建築家はたくさんいるのですが、今回は中でも珍しい経歴を持っていたり、あまり知られていないエピソードを持つ建築家の方をピックアップしました。
建築家の作品はもちろんですが、その裏側にある建築の背景や思想に触れていただく機会になればと思います。
目次
安藤忠雄、光とコンクリートで作る祈りの場
画像引用:水の教会(北海道)
日本を代表する建築家と言っても、かなり多くの方がいらっしゃいます。ただ、今回はその中でも異色の経歴を持つ安藤氏を取り上げました。
彼が多くの著名な建築家とは違い、大学に行かず、独学で建築士の資格を取得したことは有名な話です。
2009年に十二指腸がんが見つかると、胆のう・胆管への移転が見つかり、全摘出という選択をします。その後も、脾臓と膵臓でがんが再発すると、こちらも全摘出という選択をしているのです。
そんな過酷な状況にあっても、元気に働く姿はまさに戦う建築家といえるでしょう。
代表作光の教会に見る安藤忠雄のプロジェクト
画像引用:光の教会(1989)
さて、異色の建築家と言われる安藤氏の代表作といえば、コンクリート打ちっぱなしの異色の教会です。
大阪府茨木市にある「日本キリスト教団茨木春日丘教会」は、「光の教会」として有名です。
限られた予算の中、どこまでもシンプルに余分なものをそぎ落とし、十字に切られたスリットから差し込む光で十字架を表しているのです。
安藤氏は幼少期大阪の長屋に住んでいました。その長屋の増築工事の時に、取り払われた屋根から降り注ぐ光に衝撃を受けたそうです。
このときの経験が、光を効果的に取り入れた建物の創造へと繋がっているのです。
光の教会をはじめとした幾つかの教会は、水・風・緑などをテーマに取り込み、コンクリートの打ちっぱなしと自然との融合に、光を取り入れた一連の作品となっています。
アントニオ・ガウディ、独創性の世界
画像引用:サグラダファミリア内部
建築を知らない人でも知っている建築家として最初に名前が挙がるのは、スペインの建築家アントニオ・ガウディでしょう。
19世紀後半、スペインではモデルニスモという運動がおこります。
これは、ヨーロッパ全土に広がったアールヌーボーや、モダン・スタイルと同じ保守的なデザインに離反する運動でした。
当時のモダニズム建築と言えば、直線的で機能的かつシンプルなものが主流でした。
しかしながら、ガウディのデザインはカーサ・ミラに見られるように、曲線美を生かした独特なものでした。その強烈なデザインは、時には世間からの批判を受けることとなるのです。
ガウディの作品が正しく評価されるのは、他の芸術家同様、彼の死後でした。
未だ完成を見ないサグラダファミリア
画像引用:生誕のファサード
さて、ガウディの作品の中でもっとも有名なものと言えば、バルセロナのランドマークともなっているサグラダファミリアでしょう。
さすがに今では知らない人もいないと思いますが、未だ完成を見ない大聖堂です。
着工が1882年で、既に128年も工事を行いながら、未だ完成に至っていないことも有名な話です。
特にスペインでは20世紀に入ってから第二次世界大戦だけでなく、内戦もありましたので、建設途中のサグラダファミリアもかなりの損傷を受けています。
この戦争による損傷も、工事の遅れの要因となっているのでしょう。
とは言え、建設開始当初、完成までには300年はかかると言われていた工事も、建設技術の飛躍的な進歩によって大幅に短縮できる予定なのだとか。
今現在の懸念は、9代目となる現総監督が公表している2026年に本当に完成できるのか否かという点でしょう。
フランク・ロイド・ライト、帝国ホテルに込めた日本への思い
画像引用:帝国ホテル正面
最後にご紹介するのは、フランク・ロイド・ライトです。
ライトはアメリカ出身の建築家で、ちょうどモダニズム運動が世界各国で起こっていた時代に活躍しています。
ミース・ファンデル・ローエ、ル・コルビュジェと共に「近代建築の三大巨匠」としても有名です。
彼の残した作品の多くはアメリカにありますが、日本国内にも4つの作品を残しています。
今回はその中の1つ、ライトがこだわり続けた帝国ホテルをご紹介します。
大谷石と蒲郡のテラコッタタイル
画像引用:帝国ホテル外部
ライトは以前から知り合いだった帝国ホテルの日本人支配人林愛作氏から依頼を受け、帝国ホテルの新しい本館の建築に取り掛かります。
しかし、煉瓦と石で作られた洋館は、ライトのこだわりが強く工期の遅れと工事費の大幅な拡大とにより、ライトへの非難が高まることとなります。その結果、彼は完成を見ることなく日本を去ったのです。
そのこだわりの1つが、建築資材です。
先ずこだわったのが煉瓦です。黄色い煉瓦(テラコッタ煉瓦)を日本で作ることにこだわったのですが、当時、唯一この黄色い煉瓦を焼ける職人が糖尿病により片腕を失い、工場も閉鎖した後だったのです。
ライトの強い希望もあり、工場を再開させるのですが、思うように職人を集めることも出来ず納期が遅れてしまいます。
次にこだわったのが、石です。
煉瓦と同じように建物を彩る建築資材として大谷石を選びました。
行燈をイメージした光の妙
画像引用:帝国ホテル内部
ライトのこだわりは建築資材だけではありません。
外国人客が多く訪れていた帝国ホテルのデザインを、完全な洋風にするのではなく、日本的なデザインを取り入れることで、日本人の感覚にもあった温かみのあるものを作ることにこだわったのです。
内部を見るとわかるのですが、直接的な明かりを取り入れるのではなく、日本の行燈や提灯の淡い光を取り入れるようなデザインとなっています。
このデザインの実現は、加工がしやすい大谷石ならではともいえるでしょう。
ライトが日本にこだわった帝国ホテルですが、残念ながら1967年に取り壊され、現在では愛知県犬山市にある明治村にその正面玄関部分のみが移築され、残っているのみです。
まとめ
今回は世界的に有名な3人の建築家とその作品についてご紹介させていただきました。
ご紹介した3人の建築家の作品はここでご紹介した者だけではなく、世界中にその足跡を残しています。
建物の構造だけではなく、デザインにも注目すると建築がより面白くなると思います。