横浜国立大学理工学部建築都市環境系学科卒
一級鉄筋技能士
地震大国日本では、建築物に耐震や免震性能を与えることは必要不可欠です。
この記事では、高い免震性能によって、ガラスカーテンウォールなどの斬新なデザインを実現し、多くの人を魅了した国立新美術館について紹介します。
目次
国立新美術館の概要
東京都心にある六本木ヒルズや東京ミッドタウンといった華やかな商業施設から数百メートルに位置した都市型美術館です。
一方で、隣接した青山霊園や青山公園の豊かな自然と調和した「森の中の美術館」をコンセプトにした建築は、環境との調和が図られています。敷地内には美しい植物が散在し、アートを鑑賞したり豊かな自然に触れられます。
この美しい建築物を設計したのは、有名な建築家の黒川紀章氏ですが、彼の設計した美術館としては最後のものとなっています。
敷地面積30,000㎡、延床面積約49,830㎡を誇る日本最大の美術館です。
免震・制振技術
魅力的な外観ばかりが目立ちますが、免震構造と制振技術により地震対策が組込まれています。
展示室の免震・制振技術
日本はもとより、世界中からの貴重な美術品を地震による落下や破損から守るために、地震の振動や揺れが美術品に伝わらないよう免震構造と制震装置が採用されました。世界の有名な美術品を守るために、免震構造は展示室でも活躍しています。
また、展示室では大地震による影響を抑えるため、上下振動用TMD制震装置が1展示室あたり12基設置されています。これにより上下振動は約30%低減され、34.2mのロングスパン梁が可能になり、合理的に展示室の無柱空間化を実現できました。
そのため7つある各展示室において、2000㎡の大きな空間を確保しています。
ガラスカーテンウォールとアトリウムの構造
免震構造によって、従来の工法では困難だったウェーブのあるガラスカーテンウォールを伴う、柱の存在しないとてもゆったりした大規模なアトリウム(ロビー)を実現できました。
また、ガラスを支えるために、1階からR階まで約24mの高さを2mスパンで「マリオン」と呼ばれる鉄製の柱が設置されました。この柱は、ガラスカーテンウォールと一体化しています。
そして、このマリオンが柱(構造マリオン)としてアトリウムの屋根も支えています。このような構造により、高さ23mのアトリウムの内部を無柱空間として最大限に確保しています。
不思議空間アトリウムの魅力
黒川紀章氏の設計による国立新美術館のガラスカーテンウォールを伴ったアトリウムは、個性的で斬新なデザインなため、ネット上では「賛辞」であふれています。
アトリウムを外側から見ると
この美術館を俯瞰するとよくわかるのですが、展示館部分は130m×60mx地上4階の整った立方体になっています。その南側に波打ったガラスの顔をしたアトリウムがくっついています。
ある意味、展示室がある建物部分に、ガラスカーテンウォールという奇抜な能面をかぶせたような感じです。波のようにうねる美しいガラスカーテンウォールと周囲の豊かな緑が、良く調和しています。
アトリウムの内部は
免震構造を採用したアトリウムは、前述した構造マリオンの効果もあって、無柱空間になり自由度の高い広がりを確保しています。最上部まで吹き抜けになった天井高は21.6mもあり、解放感に満ちています。
さらに、アトリウムからガラスカーテンウォール越しに四季折々の緑豊かな風景を楽しむことができ、ゆったりとした空間は人を癒してくれます。
また、お洒落なレストランやカフェ、そしてたくさんの休憩用の椅子が設置され、集まった人々が思い思いにくつろいでいます。
解放感にあふれたアトリウムは『緩衝帯』
国立新美術館の展示館に『取ってつけたような広大な空間』であるアトリウムですが、そこでは単に少し癒されたりリラックスできるだけではなく、プラスアルファの効果も生み出しているように思えます。
私たちは毎日世俗的な活動に携わり、そこではお金にまつわるドロドロした事柄や、仕事上の問題そして家族の心配など多くのストレスにさらされています。
そんなモヤモヤした気持ちを背負ってこの美術館に来た時に、まずアトリウムのゆったりとした空間で一息ついて少し癒され、重荷や煩悩をおろしてから美術品の鑑賞を楽しむことができます。
そして鑑賞を終えてアトリウムに戻ったら、くつろぎながら気持ちや感覚をクールダウンさせることも可能です。
このように美術鑑賞を通じて充実感を味わい、そして適度にクールダウンされた状態で、再び俗界(日々の営み)に戻ることができます。
つまり、このゆったりとしたアトリウムは、貴重な美術品の展示場所というある意味神聖な領域と、人の日常生活という世俗的な場所をつなぐ『緩衝帯』としての役割を、意図せずに果たしているように思えます。
まとめ
国立新美術館は免震構造採用により、ガラスカーテンウォールやゆったりとしたパブリックスペースとしてのアトリウムを享受しています。
ここを訪れる時は世界から集まる美術品を楽しむだけではなく、免震構造により実現できた広々としたアトリウムの魅力にも思いを向けるのはどうでしょうか。