横浜国立大学理工学部建築都市環境系学科卒
一級鉄筋技能士
人材不足が深刻な中小企業では技能ギャップをうまく解消し、単位当たりのコストをいかに下げられるかが非常に重要なポイントになると考えます。
この記事では、鉄筋加工において絶対にやってはいけない加工ミスについて解説したいと思います。
目次
経験曲線について
経験曲線という言葉をご存じでしょうか?
経験曲線とは、製品の累積生産量い比例して単位当たりの総コストが一定の割合で減少することを指します。
経験曲線効果は、コンサルティング会社Boston Consulting Group(BCG)社によって提唱されました。
経験曲線が示しているのは、経験(生産量)と効率(コスト)の関係を示す経験則です。
累積生産量が2倍になると減少するコストの割合を「習熟率」といい、習熟率は一般的に70〜80%とされています。
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習熟率が80%の例 100個を生産するコストが単位あたり100円であった場合 200個生産すると単位あたりのコストが100円*0.8=80円 400個生産すると単位あたりのコストが80円*0.8=64円 800個生産すると単位あたりのコストが64円*0.8=51.2円 |
経験曲線によれば生産量が増えれば単位当たりのコストは低下します。
人材不足が深刻な業界では習熟率をできるだけ低くする取り組みが必要になります。
熟練者は単位当たりのコストを低くすることができる
生産量が増えると単位当たりのコストは一定の値に収束する
人材不足が深刻な業界では技能ギャップを解消する取り組みを行い習熟率を下げる必要がある
技能ギャップを解消し、習熟率を下げるにはどのような取組みを行えば良いでしょうか?
労働者の能率を向上させる
一般的には、特定の作業を行った作業者は、能率を向上させるための改善方法や近道を覚えるとされています。
また、労働者が生産速度を決定するような作業が多ければ多いほど、彼らの経験による習熟の度合も多くなります。
このポイントの難しいところは、人材不足の業界(特に中小企業)では改善方法や近道のコツを指導する人材が不足していることです。
外国人実習生に頼っているような中小企業では改善方法や近道のコツを指導するには多くの時間が必要になり、母国語での説明資料を作成したり、分かりやすく図示したり、意外にも労力がかかる取り組みが必要になります。
現在の熟練技能者の多くは叱られながら、自分自身で考えながら技能を身に着けました。
分かりやすく教える事に抵抗を持っている熟練技能者が多いため、思うように技能ギャップが解消できずに若手が辞職してしまう事も多々あります。
労働者の能率を向上させる事は言葉では簡単に表現することができますが、人材不足が深刻な中小企業にとってはとても難しいことです。
生産設備の能率を向上させる
最新の生産設備を導入したとしても、その機械の稼働率が低いままでは大きな効果を見込むことはできません。
例えば、切断する本数を自動で計測してくれる最先端の鉄筋自動切断機(約1500万)を導入したとします。
この機械をフル稼働させることができれば月産で1000t近い鉄筋を切断することも可能になるでしょう。
月産で1000tであれば年間で12,000t、年商で約20億規模のビジネスになりますが、中小企業がこのレベルの仕事を確保する経営計画(必要なキャッシュフローを確保できる設備投資)を策定することができるでしょうか?
また、人材不足が深刻で熟練技能者が高齢化している中で、彼らはタッチパネルを搭載した最先端の機械に順応し、この機械をすぐに使いこなすことができるでしょうか?
熟練技能者の方々は自分なりの治具や使いやすい独自の方法を編み出すことによって、古い機械であっても高効率の生産性を出している場合もたくさんあります。
古い機械にAIを搭載させて特定のミスを無くすことも可能です。
生産設備の能率を向上させることは単に最先端の設備投資を実施することだけではなく、AIを用いた方法も現在では可能になっていることも重要なポイントです。
特定作業に絞る・製品を標準化させる
特定作業の専門化は、その作業の生産効率を高める結果をもたらす(分業により作業者の経験量が増加する)とされています。
建物の種類は住宅用、S造基礎、RC造、RC壁式、などと多くの種類がありますが、それぞれ鉄筋加工の内容が異なります。
住宅であればべた基礎用の鉄筋加工が多くなり、RC壁式では幅が狭い壁の鉄筋加工が多くなります。
会社の戦略としてコストリーダーシップ戦略を採用する場合は、特定作業に絞って製品単位コストを低く抑えるような取り組みが必要になります。
2020年度版中小企業白書ではマイケル・ポーター氏の書籍「競争の戦略」を引用して中小企業の競争戦略を提示しています。
中小企業庁 2020年度版中小企業白書 第2節 中小企業の競争戦略
鉄筋の加工機械について
続いて、建設業の鉄筋加工に使用される機械について見ていきましょう。
鉄筋加工に用いられる機械はTOYO(東陽建設工機株式会社)の機械が一般的
鉄筋加工に使用される機械のほとんどは東陽建設工機株式会社製の機械です。
中小企業の場合、熟練者にわざわざ最新の機械を使用させる必要はない
経験曲線の部分で説明したように、熟練者ほど単位製品あたりの加工コストは低くなります。
加工コストと熟練者の人件費を比較したときに、会社が求める水準以上の結果を出しているのであれば熟練者に最先端の機械を使用させる必要はありません。
最先端の機械を積極的に導入すべきなのは、外国人技能実習生などの若手技能者の技能ギャップを解消したい場合です。
絶対にやってはいけない加工ミスについて
たとえ最先端の機械を使用しても最終的な合否は人間が判断する必要があります。
ここではやってはいけない鉄筋の加工ミスについて見ていきます。
部材の位置や種類によって合格の基準値や精度は異なる
熟練者は部材の位置や種類によって曲げ加工の精度の許容値を理解しています。
例えば、図のようなはかま筋で重要なのは横と高さのはたらきであり、足である200mmの寸法をmm単位で管理する必要はありません。
土間スラブで梁のフカシと定着するスラブの鉄筋は200mmや150mm程度のはたらきを持った片アンカーに加工する場合が多くありますが、仮に185mmや140mmで加工されていても問題はありません。
なぜなら現場で定着長さや重ね継手長さを調整可能だからです。
このように、曲げ加工では柱筋や梁の主筋の角度などのように高精度が求められる部材とはかま筋の足やスラブの片アンカー、幅止め筋などのように低精度でも対応が可能の部材が存在します。
熟練者は部材の重要度を理解しているので曲げ加工の生産性をうまく向上させることができます。
曲げ加工の重要度は部材によって異なる
熟練者は合格基準値を理解しており、最先端の機械を使用しなくても高い生産性を達成できる
曲げ加工角度のミス
適切なかぶりを確保できなくなる場合のような曲げ加工のミスはNGです。
土間の差し筋のような事故防止用の曲げ加工の場合は曲げ加工の精度が悪くても問題ありません。
余長のミス
スターラップの爪の余長がバラバラのような余長のミスもNGです。
本数のミス
柱や梁の主筋のように一般的に鉄筋径が太くなる部材の本数ミスはNGです。
鉄筋かごのミス
鉄筋かごはクレーンで資材を吊った際に部材が崩れ落ちないように結束線で結束する必要があります。
RC造のように2階、3階と上層階に部材を吊りこむ作業がある場合は十分注意する必要があります。
まとめ
この記事では、鉄筋加工において絶対にやってはいけない加工ミスについて解説しました。
現場を経験している熟練者であれば合格レベルの加工部材を低コストで生産することができます。
生産性を向上させるためには、最先端の機械を導入することだけではなく、若手技能者の皆さんに熟練者の感覚を丁寧に伝えることが重要だと考えます。